2026年 6月20日

26年6月20日、工作教室を実施しました。工作教室は、特殊な作業は入りますが、その訓練とは違います。 好きな事とそれができる事とは違います。  そういえば昔、あの空を飛べたら…って、昔々、鳥だったかもしれないね…。って唄があったっけ。  名鉄電車の昭和一桁生まれの古豪は、一部は平成年代まで走り続けて、その運転台の様子が、豊田市くらが池公園の保存車で観ることができます。豊田市への路線は、三河鉄道の社長『神谷傳兵衛 氏(胸像写真))』により、当初は蒸気動力で開通した。後に合併する愛知電気鉄道は当初より電車を走らせており、写真の運転台は『いもむし』で有名な流線形3400形とつなげてコントロールできるもの。日本の電気機関車は碓氷峠に最初に導入されたことは有名。その碓氷峠の急こう配区間の廃線まで働いたEF63形の運転台は、大変複雑でした。 ラストの写真は、20年位昔、ドイツ人愛好家と会食の後のスナップ。(当時NMRC鈴木会長の計らいで歓迎会に参加させてもらいました)鉄道模型の愉しみは、子供の時代よりはるかに長く、(欧米では)大人になってから楽しむもの! 鉄道模型がオタク趣味なら、ドイツのメルクリンは百数十年前からの世界の鉄道オタクの定番アイテムというわけだろか? Doll HouseやDoll 用キッチンセットなども作ったりしたメルクリン社は、ジブリ映画の小人族の話に出てくるように、一部は実際に使用可能な様に作られていたそうな。そうすると、日本人のままごと遊びとは、かなり異なっていたと思われるじゃないでしょうか?